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2025年、世界のロボティクス関連スタートアップが調達した資金は約4.1兆円(276億ドル、1,009件)に達し、前年の2倍を超えました。人型ロボットに限っても約9,200億円(61億ドル、139件)で、前年比4倍の伸びです(出典: https://pitchbook.com/news/articles/apptronik-raises-520m-as-vc-funding-for-humanoid-robotics-explodes-300)。
ところが同じ2025年、人型ロボットの世界の実売上は1,500億円に届いていません。この落差を、もう一つの事実と並べてみてください。ロボット1台の原価のうち、40〜60%を占めるのが関節部品であり、その中核を握っているのは日本企業です。技術的に代替できない位置にいるのに、なぜ値段を決められないのでしょうか。
150台で6兆円、その関節は日本製
象徴的なのが米国のFigure AIです。2025年9月のシリーズCで、資金調達直後の企業価値にあたるポストマネー評価が約5.9兆円(390億ドル)に達しました。一方、同社が2025年に出荷したロボットは約150台です。単純に割ると1台あたり約390億円という計算になります。
市場全体で見ても、人型ロボットの2025年の実売上は10億ドル(約1,500億円)に届かず、出荷台数は世界で13,000〜18,000台にとどまります。将来予測はMorgan Stanleyが2050年に5兆ドル、Citiが約7兆ドル、Goldman Sachsは2035年の予測を60億ドルから380億ドルへ6倍に引き上げました。ただし各社の2050年シナリオは金額で約5倍、台数で約3倍も食い違っており、Goldman自身が自社の楽観バイアスを注記しています。現時点の予測は投資の仮説であって、売上ではありません。
原価の半分は関節だった
見落とされやすいのは原価の内訳です。人型ロボットの部品原価のうち、アクチュエータ(モーター、減速機、それらを組み合わせた関節アセンブリ)が40〜60%を占めます。ロボット1台のコストのおよそ半分が、関節なのです。
その中核が精密減速機です。モーターの速い回転を、遅く強い力に変換する歯車で、ここの精度が関節のがたつきを決めます。ナブテスコは中大型ロボットの関節向けRV減速機で世界シェア約60%を持ちます。ハーモニック・ドライブ・システムズは波動歯車で同じ区分の最大85%との引用があり、独立系の分析では日本2社を合わせて精密減速機市場の金額ベースで45〜55%(2025年)とされます。THKも、機械の直線運動を支える直動ガイドで世界首位(推定18〜22%)です。
ここで注意が要ります。ナブテスコの約60%は中大型ロボット関節向けという限定つきの数字で、RV減速機全体では34〜35%という市場調査もあります。またロボット全体で日本が部品原価の何%を握るのかを示す、大手投資銀行の公式な推計は存在しません。日本の位置は、深いが狭く、しかも争われている、と表現するのが正確です。
代替不能と、値決め力は別物です
それでも構造は明快です。誰が人型ロボット競争に勝っても、勝者は日本の歯車を買わなければ1台も作れません。ところが資本市場の評価は完成品ブランドに集中します。Figure AIには5.9兆円がつき、原価の半分を作っている日本の部品メーカーにはつきません。
同じことはすでにAIデータセンターで起きました。味の素のABF(半導体基板に使う層間絶縁フィルム)は世界シェアがほぼ100%、村田製作所の積層セラミックコンデンサはAIサーバー向けで約70%を占めます。信越化学とSUMCOを合わせた300mmシリコンウェハは約54%です。日本企業はどれも代替不能な工程を持っていますが、AI相場で最大の評価を得たのは彼らではありませんでした。
つまり代替不能な工程を持つことと、値決め力を持つことは別の話です。大手と取引して売上は立つのに利益率も評価も上がらない、という中小企業経営者が最もよく知る構図が、国家の規模で繰り返されています。
中国が取ったのは、量だけではありません
8,000倍の応募で、黒字のまま上場した
中国は2024年に産業用ロボットを295,000台設置しました。世界の54%にあたり、稼働台数の累計は約200万台で日本の約4.5倍です。この年、はじめて中国メーカーが自国市場で外資系サプライヤーの出荷を上回りました。人型ロボットでは出荷台数の約90%を中国企業が握り、AgiBotは2025年に5,168台を出荷して世界シェア約39%(Omdia調べ)を占めています。
2026年8月、Unitreeが上海のSTAR市場(新興企業向けの株式市場)に上場しました。基準となる時価総額は約9,300億円(62億ドル)、応募倍率は8,000倍に達しています。注目すべきは、同社の2025年売上が約17億元(約378億円)で、しかも黒字だったことです。赤字を前提とした夢の銘柄ではなく、実業として上場しました。中国製は安かろう悪かろうという日本側の前提は、この時点で維持できません。
上位10社のうち7社が、中国の部品企業でした
しかし構造的により重いのは別の事実です。Morgan Stanleyが人型ロボットの産業構造をまとめたHumanoid 100というリストでは、上位10社のうち7社が中国企業で、その大半が完成品ではなく部品、同社の分類でいうボディの企業でした。
中国が次に取りに来ているのは完成品の座ではなく、日本が最後に握っている関節そのものだと読むのが自然です。実際、中国の減速機メーカーによる侵食は始まっています。J.P.Morganの推計では、Leaderdriveが中国国内の波動歯車減速機市場の30〜40%を押さえているとされます(この数字は直接の出典が確認されておらず、扱いには注意が要ります)。RV減速機ではDouble Ring、ほかにGreen Harmonicといった企業が続きます。
日本の製造業がEV、太陽光パネル、液晶パネルで経験した敗北には、共通の順番がありました。まず量を取られ、次に取引先が内製化を始め、最後に部品そのものを置き換えられる。シェアは完成品を奪われる形では失われません。この順番で失います。だとすれば、警戒すべき指標は競合の売上ではなく、取引先が自社の工程を内製し始めたかどうかです。
同じ数字が、日本では逆の意味になります
ロボット1台で5.6人分の仕事が消える
Daron AcemogluとPascual RestrepoがJournal of Political Economy(2020年)に発表した研究は、米国労働市場のデータから、労働者1,000人あたりロボットが1台増えると雇用人口比が約0.2ポイント、賃金が約0.42%低下すると示しました。ロボット1台あたり、地域で約5.6人分の雇用が失われる計算になります。この数字は欧米では長く、強気な市場予測への反論材料として、あるいはロボット反対論の切り札として引用されてきました。
日本に当てはめると、意味が反転します。リクルートワークス研究所の推計では、2040年に1,100万人超の労働力が不足します。労働供給は2022年の6,587万人から5,767万人へ12%減り、減少は2027年から加速します。介護分野だけで57万人が足りず、従事者を約215万人から272万人へ増やす必要があります。
2040年に1,100万人が足りない国にとって、1台で5.6人分の仕事が消えるという数字は、脅威ではなく処方箋です。 欧米がロボット導入で必ずぶつかる、雇用を奪うという政治的な壁が、日本にはほとんど存在しません。先進国では稀な条件だといえます。
作れるのに、入れていない
それでも日本国内の産業用ロボット設置台数は、2024年に44,500台と前年比4%減でした。世界のロボット生産の38%を担う国が、自国への導入では前年を割っています。日本の労働生産性はOECD38カ国中28位でG7最下位、時間あたり60.1ドルは首位アイルランドの約3分の1にとどまります。
これは技術の敗北ではありません。自動化の投資判断を人件費との比較で続けてきた、経営判断の帰結です。2027年から労働供給の減少が加速すれば、前提そのものが変わります。比較対象は人を雇うコストではなく、その仕事を誰もやらないことによる機会損失になります。この前提変更を先に済ませた会社から、人手不足が競争優位に変わっていきます。
政策側は動いています。経済産業省が2026年3月に打ち出したAIロボット戦略は、5年で約1兆円を投じ、ソフトバンク・ソニー・NEC・ホンダによるNoetra(ノエトラ)という共同事業体を組成して、18分野で1,000万台のAI搭載ロボットを狙います。2040年に世界のAIロボット市場の30%超という目標も掲げられました。需要側の数字も悪くありません。日本ロボット工業会の2026年第1四半期は、生産額2,442億円(前年同期比22.9%増)、受注2,948億円(41%増)で、いずれも過去最高です。
この局面をどう見るか
3つの角度を通すと、日本の位置は一言に収まります。深いが、狭く、争われている。関節という原価の半分を握りながら、評価は完成品ブランドに集中し、その部品としての位置自体も中国の内製化に削られつつあります。一方で2040年に1,100万人が消える日本は、ロボットを全力で導入しても政治的な抵抗を受けない、稀な国でもあります。
技術はあります。需要も来ています。欠けているのは、価値の取り方と、自国への導入速度の2点です。
観測すべき指標は3つに絞れます。第一に、中国の減速機メーカーが国内シェア50%を超え、かつ輸出を本格化するかどうか。ここを超えたら、関節という参入障壁は破られたと判断してよいでしょう。第二に、人型ロボットの電池が8時間の勤務時間を超えて持つようになるかどうか。現状は1〜2時間で、これが最大の採用障壁になっています。第三に、日本国内の設置台数が増加に転じるかどうか。作れるのに入れていない状態が続く限り、生産性の順位は動きません。
まとめ
今の状況は3つの事実に整理できます。第一に、投資と評価額は爆発的に膨らんでいる一方、実売上は1,500億円未満と小さく、将来予測も各社で大きく食い違っています。第二に、原価の40〜60%を占める関節部品を日本企業が握っているにもかかわらず、資本市場の評価は完成品ブランドに集中し、しかも中国メーカーの内製化がこの位置を下から削り始めています。第三に、2040年に1,100万人の働き手が不足する日本にとって、ロボットは雇用を奪う存在ではなく、事業を続けるための前提条件です。
代替できない技術を持つことと、その価値を価格として受け取ることは、別の問題です。これは国家規模の話にとどまりません。特定の取引先に依存する企業にも、社内で欠かせない役割を担う個人にも、同じ構造が当てはまります。自社の強みは値決め力につながっているでしょうか。それとも、安く買い叩かれる理由になっていないでしょうか。労働供給の減少が加速する2027年より前に、一度整理しておく価値のある問いだと思います。
参考情報
- Global robot demand in factories doubles over 10 years (https://ifr.org/ifr-press-releases/news/global-robot-demand-in-factories-doubles-over-10-years)
- Apptronik raises $520M as VC funding for humanoid robotics explodes 300% (https://pitchbook.com/news/articles/apptronik-raises-520m-as-vc-funding-for-humanoid-robotics-explodes-300)
- World Robotics 2025 report (https://ifr.org/worldrobotics/report-2025)
- Unitree IPO’s Massive 629% Pop Makes Agility Robotics Look Super Cheap (https://www.forbes.com/sites/johnkoetsier/2026/08/19/unitree-ipos-massive-629-pop-makes-agility-robotics-look-super-cheap/)
- Unitree IPO 2026: $6.2B STAR Market Valuation Ranked vs Figure, 1X, Tesla (https://valueaddvc.com/blog/unitree-ipo-2026-valuation-how-it-ranks-against-figure-1x-tesla-optimus)
この記事を書いた人
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