ビッグテック最前線.com / 編集部

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世界経済の減速、激化する米中貿易摩擦という強烈な逆風の中、Appleが2025年第3四半期(4〜6月期)決算で過去最高益を記録したというニュースは、多くのビジネスパーソンに驚きを与えました。売上高は前年同期比10%増の940億ドル、純利益も12%増と、なぜ同社だけがこれほどの成長を続けられるのでしょうか。

その答えは、単にiPhoneが売れているから、という単純な話ではありません。背後には、地政学的なリスクを巧みに読み解き、国家戦略ともいえるレベルでサプライチェーンとテクノロジー戦略を連動させる、Appleのしたたかな経営戦略が存在します。

本記事では、Appleの記録的決算を深掘りし、逆風を成長の追い風に変えた「サプライチェーンの二正面作戦」と、ティム・クックCEOが未来の核と位置づけるAI戦略「Apple Intelligence」の全貌を徹底解剖。Appleの強さの本質から、これからのデジタルビジネスを勝ち抜くためのヒントを読み解きます。

1. 逆風下の最高益:Apple 2025年第3四半期決算が示す驚異的な底力

まずは、Appleの驚異的な業績を数字で確認していきましょう。

1-1. 数字で見る成長の軌跡:売上高と利益率の分析

2025年第3四半期の売上高は940億4000万ドル(前年同期比10%増)、希薄化後1株当たり利益(EPS)は1.57ドル(同12%増)と、いずれも市場予想を大幅に上回り、6月期として過去最高を記録しました。この成長率は、同社にとって実に3年半ぶりの高い水準であり、Appleが力強い再加速の軌道に乗ったことを示しています。

1-2. 成長を牽引する二つのエンジン:iPhoneとサービス部門の圧倒的強さ

この好調な業績を支えているのが、iPhoneとサービス部門 という二つの強力なエンジンです。

iPhone事業の売上高は前年同期比13%増の446億ドルに達しました。好調な「iPhone 16」シリーズへの旺盛な需要に加え、既存ユーザーの買い替え件数が過去最高を記録したことが大きな要因です。

もう一つの柱であるサービス部門も、売上高274億ドル(同13%増)と過去最高を更新。App StoreやiCloud、Apple Musicといったサービスの有料サブスクリプション総数は10億を超え、Appleのエコシステムがもたらす強力な顧客の囲い込み(ロックイン効果)が、安定的かつ高収益な事業基盤を築いています。

1-3. 中国市場の回復と新興国での躍進

地域別で見ても、Appleの成長はグローバルな広がりを見せています。特に注目すべきは、過去2四半期連続で減少していた中華圏(香港、台湾を含む)が4%の増収に転じた点です。Huaweiなど現地競合の復活という厳しい環境下での回復は、中国市場におけるAppleブランドの根強い人気を証明しています。

さらに、インドや中東、ブラジルといった新興国市場で二桁成長を達成したことも、Appleの長期的な成長戦略にとって極めて重要な意味を持ちます。

2. 見えざるコストとの戦い:関税問題がAppleに与えた本当の影響

この輝かしい決算の裏で、Appleは深刻な課題に直面していました。それが、激化する米中貿易摩擦に起因する 関税問題 です。

2-1. 8億ドルのコスト増:米中貿易摩擦の直撃

2025年第3四半期、Appleはトランプ前政権の関税政策により、約8億ドルものコスト負担を強いられました。さらに、このコストは次の四半期には11億ドルにまで拡大すると予測されており、同社の利益を継続的に圧迫する深刻な脅威となっています。

興味深いのは、今回の決算における10%の収益成長のうち、約1%(約8.2億ドル)が、関税引き上げを懸念した消費者や販売チャネルによる「需要の先食い」に起因するものだとApple自身が認めている点です。偶然にも、この駆け込み需要によって生まれた売上が、関税による直接的なコストをほぼ相殺した形となりました。

2-2. iPhoneが抱える特有の脆弱性となぜ標的になったのか

ソフトウェア企業とは異なり、Appleの収益の核はグローバルなサプライチェーンで組み立てられる物理的な製品です。特に、米国市場で絶大な人気を誇り、歴史的に中国での最終組立に大きく依存してきたiPhoneは、保護主義的な通商政策の格好の標的でした。

もし高率の関税が課されれば、Appleは「コストを吸収して利益を犠牲にする」か、「価格に転嫁して需要を失う」かという究極の選択を迫られる可能性があったのです。この経営の根幹を揺るがす危機こそが、Appleにサプライチェーンの抜本的な改革を促す強力な触媒となりました。

3. Appleの国家戦略:地政学リスクを乗りこなすサプライチェーンの二正面作戦

関税という差し迫った脅威に対し、Appleは実に巧妙な二正面作戦を展開します。それは、

  • 生産拠点の地理的リスクを分散 させると同時に、
  • 米国内への大規模投資を政治的な交渉カードとして利用する 戦略です。

3-1. 生産拠点の脱中国:インドとベトナムへの戦略的シフト

長年Appleの製造拠点の中核を担ってきた中国への依存度を低減する「チャイナ・プラスワン」戦略が、今や明確な成果として現れています。決算説明会では、米国向けiPhoneの大半がインドで、MacやiPadの大半がベトナムで生産されていることが明かされました。

この戦略的シフトの背景には、両国の政府による強力な後押しがあります。

  • インド : 国内で製造された製品の売上増に応じて補助金を支給する「生産連動型優遇策(PLIスキーム)」が、生産移転の強力なインセンティブとなっています。
  • ベトナム : 中国に隣接する地理的優位性に加え、法人税の優遇措置などハイテク分野への外国投資を積極的に誘致する政策が魅力となっています。

データを見ても、Appleの製造拠点に占める中国の割合が低下する一方で、ベトナムの拠点数は過去6年で約3倍に増加しており、サプライチェーンの多角化が着実に進んでいることがわかります。

3-2. 交渉の切り札:米国内への6000億ドル投資が持つ政治的意味

生産拠点の国外分散と並行して、Appleは米国内での存在感を劇的に高めるという、もう一つのカードを切りました。ティム・クックCEOがホワイトハウスでトランプ前大統領と会談し、米国内への投資総額を6000億ドルに引き上げると発表したことは、高度な政治交渉の成果に他なりません。

この戦略の巧みさを象徴するのが、iPhoneのカバーガラスを製造するコーニング社への25億ドルの追加投資です。これにより、最も労働集約的な「最終組立」は人件費の安いインドで行いながら、iPhoneの顔とも言える付加価値の高い重要部品は「メイド・イン・USA」であると主張できるのです。

これはまさに、企業のオペレーションと地政学的な交渉を一体化させた、高度な戦略と言えます。

4. 次なるフロンティア:ティム・クックが語るAI戦略の核心

サプライチェーンの再編と並び、ティム・クックCEOが決算発表で最も熱意を込めて語ったのが
AI戦略 です。彼はAIを「我々の生涯で最も深遠な技術の一つ」と位置づけ、Appleが未来の成長の核として捉えていることを明確にしました。

4-1. Apple Intelligenceとは何か:プライバシーを軸にした独自のアプローチ

AppleのAI戦略の核心、それがApple Intelligenceです。その最大の特徴は、GoogleやMicrosoftのようにクラウド上でAIの計算能力を競うのではなく、 パーソナル・インテリジェンス という独自の領域を切り開こうとしている点にあります。

この戦略は3つの柱で構成されます。

  • オンデバイス処理 : 可能な限り多くの処理をiPhoneやMacといったデバイス上で行う。
  • プライバシー第一主義 : 個人のメールや写真といった機密性の高いデータをクラウドに送ることなく、デバイス上で安全に処理する。
  • OSレベルでの深い統合 : iOSやmacOSの根幹に深く組み込まれ、ユーザーが意識することなくシームレスで直感的な体験を提供する。

4-2. Google・Microsoftとの比較で見るAppleのAI戦略のユニークネス

競合の戦略と比較すると、Appleの独自性がより鮮明になります。

  • Google (Gemini) : テキスト、画像、音声を統合的に理解するマルチモーダルな能力を強みとし、クラウドベースで高度な推論能力を追求しています。
  • Microsoft (Copilot) : 法人向け市場に焦点を当て、企業の生産性向上を目的としたアプリケーションへの組み込みを進めています。

これに対し、AppleはAIモデルの性能単体で勝負するのではなく、
数十億人が利用する既存のハードウェアとソフトウェアのエコシステムに、プライバシーを守りながらAIをいかにシームレスに統合するか 、という点で競争のルールを変えようとしているのです。

4-3. AIはハードウェア販売をどう加速させるのか

AppleのAI戦略の真の目的は、AI単体で収益を上げることではありません。その狙いは、Apple Intelligenceによって既存のハードウェア、つまり
iPhoneやMacの体験価値を劇的に向上させ、新たな買い替えサイクルを促進する ことにあります。

「あなたのiPhoneが、あなたのデータを安全に守りながら、もっと賢く、もっと便利になる」―このプライバシーを軸としたアプローチこそが、データ集約型の競合に対する最大の差別化要因であり、次世代のハードウェア販売を牽引する鍵となるのです。

5. まとめ:Appleのしたたかな戦略から学ぶ、これからのビジネスの戦い方

Appleの2025年第3四半期の成功は、単なる財務的な強さだけでなく、卓越した戦略的レジリエンス(回復力・適応力)の物語です。同社は、関税という存亡の危機を、サプライチェーンの強靭化という前向きな変革の機会へと転換させました。

Appleの事例は、現代のグローバルビジネスにおいて成功するためには、優れたテクノロジーを持つだけでは不十分であり、 地政学的な変化を読み解き、事業戦略と一体化させる能力が不可欠である ことを教えてくれます。

  • 自社のサプライチェーンは、地政学的リスクに対して十分に強靭か?
  • 自社のテクノロジーは、顧客のプライバシーという新たな価値観に応えられているか?
  • 目先の利益だけでなく、政治や社会の力学を読み解き、交渉のカードとして活用できているか?

Appleのしたたかな戦略は、不確実な時代を乗りこなそうとするすべてのビジネスパーソンにとって、示唆に富んだケーススタディとなります。

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