ビッグテック最前線.com / 編集部

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Editor Team

生成AIのブームは、OpenAIのようなモデル開発企業やNVIDIAのような半導体メーカーに注目を集めています。しかし、この大きな潮流の裏側で、もう一つの重要な競争、すなわちAIを動かすためのクラウドインフラを巡る覇権争いが激化しています。

この競争において、データベースの巨人として知られるオラクルが、驚くべきことにAIインフラのキングメーカーとしての地位を確立しつつあります。クラウド市場では後発と見なされていたオラクルが、なぜ今、AIの最前線を走る企業たちから選ばれているのでしょうか。

本記事では、オラクルの逆張りの技術戦略、NVIDIAとの強固な同盟、そしてデータ主権という新たな価値を提供する構想まで、AI時代の経営判断に不可欠な視点を徹底的に分析します。

1. AIゴールドラッシュの裏側で起きている「インフラ戦争」の現実

現在の生成AIブームは、しばしば19世紀のゴールドラッシュに例えられます。多くの企業がAIという「金」を求めていますが、その裏では金を掘るためのつるはしとシャベル、つまり高性能なクラウドインフラへの需要が爆発的に高まっています。

1-1. なぜクラウド後発組のオラクルが、AI時代の「キングメーカー」となり得たのか

オラクルのクラウド市場への本格参入は、AWSやAzureといった先行する巨人と比較すると数年遅れていました。しかし、この「遅れ」こそが、結果的に戦略的な優位性をもたらしました。

先行するクラウドサービスが抱える構造的な課題を分析したオラクルは、全く新しい設計思想に基づく「第2世代クラウド」であるOracle Cloud Infrastructure(OCI)をゼロから構築することを選んだのです。この決断が、奇しくも大規模なAI開発が必要とする性能、セキュリティ、コスト効率といった要件に完璧に合致することになりました。

1-2. 経営者が今、知っておくべきAIインフラの重要性

AIモデル、特に大規模言語モデル(LLM)の学習には、数千ものGPUを連携させて膨大な計算処理を行う必要があります。このとき、個々のGPUの性能だけでなく、それらを繋ぐネットワークの速度と安定性が、開発のスピードとコストを大きく左右します。

インフラの選択は、もはや単なるIT部門の課題ではありません。AIへの投資対効果を最大化し、ビジネスの競争優位性を築く上で、経営者自身がその重要性を理解し、戦略的な意思決定を行うことが不可欠となっています。

2. オラクルの逆張り戦略:第2世代クラウドがAIに最適な理由

OCIの強みは、その独自アーキテクチャにあります。特に「オフボックス仮想化」という技術的アプローチが、競合との決定的な差を生み出しています。

2-1. パフォーマンスとセキュリティを両立する「オフボックス仮想化」とは

従来のクラウド(第1世代クラウド)では、サーバーを仮想化する処理とネットワークを仮想化する処理が、同じコンピューターリソース(CPU)上で行われていました。これにより、CPUの一部が常にネットワーク処理に割かれ、アプリケーションが利用できる性能が低下する、という課題がありました。

OCIのオフボックス仮想化は、このネットワーク処理を専用のハードウェア(SmartNIC)に分離・オフロードする革新的なアーキテクチャです。これにより、以下の2つの大きなメリットが生まれます。

  • パフォーマンスの最大化 : サーバーのCPUがアプリケーション処理に専念できるため、物理サーバーに近い性能(ベアメタル性能)を引き出せます。
  • セキュリティの強化 : ネットワーク管理機能が物理的に分離されているため、サーバーへの攻撃が他のテナントに波及するリスクを大幅に低減できます。

2-2. オンプレミスの知見を活かした、エンタープライズ向けのクラウド設計思想

オラクルのクラウド戦略の根底には、長年オンプレミス環境で培ってきたエンタープライズ(大企業向け)システムへの深い理解があります。第1世代クラウドがWeb系の比較的小規模なアプリケーションに最適化されていたのに対し、OCIは当初から企業の基幹となる重要な(ミッションクリティカルな)大規模データベースやハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)の稼働を想定して設計されていました。

その結果、OCIのネットワークは、特定のユーザーの利用が他のユーザーの性能に影響を与える「うるさい隣人」問題が発生しない、フラットで広帯域な設計となっています。この予測可能で安定したパフォーマンスこそ、まさに大規模AIモデルの学習に不可欠な要素だったのです。

3. 勝利の方程式:NVIDIAとの戦略的同盟がもたらす競争優位性

オラクルのAI戦略を語る上で欠かせないのが、AI向け半導体で市場を席巻するNVIDIAとの強固なパートナーシップです。

3-1. 単なるGPU供給ではない、共同エンジニアリングの深い関係

この両社の関係は、単なるハードウェアの買い手と売り手という関係ではありません。NVIDIAのGPU、ソフトウェア、開発ツール群を含むAIプラットフォーム全体が、OCI上で最高のパフォーマンスを発揮するよう、ネイティブレベルでの深い統合と共同エンジニアリングが行われています。

NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが、OCIのインフラを高く評価していることからも、その関係の深さがうかがえます。OCIの高性能なネットワークは、数万基のNVIDIA GPUを一つの巨大なAIスーパーコンピュータとして効率的に機能させることを可能にし、これがOpenAIやCohereといったAI開発のトップランナーたちを惹きつける大きな要因となっています。

3-2. データ主権を守る「ソブリンAI」という他社にはない選択肢

このパートナーシップの中でも特に注目すべきが、ソブリンAI(主権AI)への取り組みです。

3-2-1. なぜ今、ソブリンAIが国家や企業の重要戦略になるのか

多くの国や規制対象の業界では、法律によって機密データや個人情報を国外のデータセンターで扱うことが厳しく制限されています。生成AIを活用したくても、データをパブリッククラウドに預けることができず、導入に踏み切れないケースは少なくありません。ソブリンAIとは、こうした国の規制や企業のポリシーに準拠し、データ主権を完全に保ちながらAIを利活用する考え方です。

3-2-2. OCI Dedicated Regionが実現する完全なデータ管理

オラクルは、NVIDIAのAIプラットフォームを含むOCIの全機能を、顧客の自社データセンター内に構築できる「OCI Dedicated Region」というユニークなサービスを提供しています。これにより、企業や政府は、パブリッククラウドの最新技術や性能を享受しながら、物理的なインフラとデータを完全に自らの管理下に置くことができるのです。

これは、他社のクラウドサービスが容易に模倣できない強力な差別化要因であり、データ主権を重視する国家や金融、医療といった業界にとって、極めて魅力的な選択肢となっています。

4. 現実主義のマルチクラウド戦略:競合さえもパートナーに変えるしたたかさ

多くの企業が特定のベンダー製品に縛られてしまう状態(ベンダーロックイン)を懸念する中、オラクルはマルチクラウドを前提とした現実的な戦略をとっています。

4-1. 顧客を囲い込まない「Oracle Database@Azure」という発想

多くの大企業は、基幹データベースはオラクル、アプリケーション基盤はMicrosoft Azureといったように、複数のクラウドを使い分けています。従来、これらを連携させるには性能や管理の面で課題がありました。

オラクルはこの課題に対し、驚くべき解決策を提示しました。それが「Oracle Database@Azure」です。これは、OCIのデータベース用ハードウェアを物理的にマイクロソフトのAzureデータセンター内に設置してしまうという画期的なサービスです。

これにより、顧客は使い慣れたAzureの管理画面から、OCIと同等の最高性能を持つOracle Databaseを、あたかもAzureのネイティブサービスのように利用できるようになります。

4-2. 既存のIT投資を活かしつつ、AI時代に対応する賢い方法

この戦略は、顧客にクラウドの乗り換えを強制するのではなく、むしろ競合のプラットフォーム上で自社の強み(データベース)を最大限に発揮させるものです。

これによりオラクルは、顧客のクラウド移行を促進し、自社データベースの優位性を再確認させ、さらには競合のデータセンターから収益を上げるという、一石三鳥の効果を得ています。これは、既存のIT資産を有効活用しながらAIのような新たな技術投資を進めたい企業にとって、非常に合理的なアプローチと言えるでしょう。

5. 投資判断の鍵:データで見るOCIの圧倒的なコストパフォーマンス

AIインフラへの投資を検討する際、単純な仮想マシンの時間単価だけで比較するのは誤解を招きます。特に大規模なAI開発においては、ネットワーク性能が全体のコスト効率を大きく左右します。

5-1. インスタンス料金だけでは見えない、AIインフラの真のコスト

AIモデルの学習では、膨大なデータがGPUクラスター内のネットワークを行き交います。このネットワークの帯域幅が狭いと、高性能なGPUを導入してもデータ転送がボトルネックとなり、その性能を全く活かせません。結果として、学習に長い時間がかかり、総コストはむしろ増大してしまいます。

真のコストパフォーマンスは、「インスタンス料金」と「ネットワーク性能」をセットで評価する必要があります。

5-2. 競合比較で明らかになるネットワーク帯域幅の重要性

以下の表は、主要クラウドのAIインフラにおけるコストパフォーマンスを比較したものです。インスタンスの月額コストをクラスターネットワークの帯域幅で割った「価格性能比」に注目してください。

指標 単位 Azure (NDmA100v4) AWS (P4de.24xlarge) Google Cloud
(A2-ultragpu-8g)
OCI (BM.GPU.GM4.8)
インスタンスコスト(月額) USD “$23,922” “$29,905” “$29,602” “$23,360”
クラスターネットワーク帯域幅 Gbps 1600 400 200 1600
価格性能比(コスト/帯域幅) (低いほど良い) 15.0 74.8 148.0 14.6

出典:https://blogs.oracle.com/cloud-infrastructure/post/ai-infrastructure-cloud-cost-comparison-best-value

このデータが示すように、OCIのインスタンスコストは競合と同等かそれ以下でありながら、ネットワーク帯域幅はAWSの4倍、GCPの8倍を提供しています。

結果として、価格性能比ではOCIが競合を圧倒しており、大規模なAI開発において極めて高いコスト効率を実現できることがわかります。これは、オラクルが汎用的なサービスで競争するのではなく、AIインフラという最も付加価値の高い領域に経営資源を集中投下している戦略の成果です。

6. まとめ:オラクルのAI戦略から学ぶ、これからの時代を勝ち抜く経営判断

本稿で見てきたように、オラクルのAIインフラにおける成功は、決して偶然ではありません。それは、以下の3つの要素が組み合わさった、長期的かつ意図的な戦略の結晶です。

  • 逆張りのアーキテクチャ : 市場の主流に流されず、エンタープライズの本質的なニーズを見据え、パフォーマンスとセキュリティを追求した「第2世代クラウド」をゼロから構築したこと。
  • 戦略的同盟 : NVIDIAのようなエコシステムのキープレイヤーと深く協業し、単なるサプライヤーではなく運命共同体ともいえる関係を築き上げたこと。
  • 現実主義のマルチクラウド : 顧客を自社サービスに囲い込むのではなく、競合のプラットフォームさえも活用し、顧客の課題解決を最優先する柔軟な姿勢を貫いたこと。

かつてのデータベースの巨人は、AIという新たなゴールドラッシュにおいて、最も優れたつるはしとシャベルを提供するキングメーカーとして、自らを再定義することに成功しました。

このオラクルの事例は、現代の経営者に対し、目先の流行を追うのではなく、自社の揺ぎない強みは何かを見極め、それをテコに大胆な技術投資と戦略的な提携を組み合わせていくことの重要性を示唆しています。AI時代の覇権争いを勝ち抜くヒントは、まさにそこにあるのかもしれません。

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