ビッグテック最前線.com / 編集部

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Editor Team

かつてクラウドコンピューティングの波に乗り遅れたと見られていた巨大IT企業が、AI時代に不可欠なインフラの覇者として返り咲こうとしています。データベースソフトウェアの巨人、オラクルです。

同社が発表した2026年度第1四半期の決算(出典: https://investor.oracle.com/investor-news/news-details/2025/Oracle-Announces-Fiscal-Year-2026-First-Quarter-Financial-Results/default.aspx )は、市場に大きな衝撃を与えました。将来の収益の先行指標である残存履行義務(RPO)が、前年同期比で359%増という驚異的な伸びを示し、4550億ドル(約68兆円)という天文学的な額に達したのです。

なぜ、オラクルはこれほどまでの信頼を勝ち得ることができたのでしょうか。そして、生成AIのトップランナーであるOpenAIや、AIチップの王者NVIDIAは、なぜこぞってオラクルと手を組むのでしょうか。

本記事では、オラクルの決算報告から、同社がAIインフラ市場で競合をリードするに至った経営戦略と技術的優位性を経営者の視点で分析し、これからの企業IT投資と事業成長のヒントを探ります。

1. 4550億ドル の受注残が示すもの:オラクル決算が経営判断の指標となる理由

今回のオラクルの決算が注目されるのは、単に業績が好調だったからという理由だけではありません。その中身、特に4550億ドルというRPOが、これからのAI時代におけるビジネスの力学を雄弁に物語っているからです。

1-1. 驚異的な数字が示すAIインフラ需要の本質

4550億ドルという数字は、単なる受注残高ではありません。これは、AI、特に大規模言語モデル(LLM)の開発と運用に、いかに膨大で高性能な計算インフラが必要とされているかを示す、明確な証拠です。

これまで多くの企業は、Amazon Web Services (AWS)、Microsoft Azure、Google Cloud Platform (GCP) という3大クラウドプロバイダーを主要な選択肢としてきました。しかし、最先端のAI開発が必要とする計算リソースの規模は、もはや単一のクラウドプロバイダーの供給能力を超えつつあります。

オラクルがこの巨大な需要の受け皿として急浮上したという事実は、AIインフラ市場が新たな競争局面に入ったことを示唆しています。これは、自社のAI戦略を考える上で、ITインフラの選択肢を再評価する必要があることをすべての経営者に問いかけています。

1-2. OpenAIやNVIDIAがオラクルと組む戦略的意味

オラクルの戦略的正当性を何よりも証明しているのが、AI業界のトップ企業との提携です。

生成AIの代名詞ともいえる OpenAI は、長年のパートナーであるマイクロソフトとの関係を維持しつつも、その巨大な計算需要を補うためにオラクルのクラウドインフラ(OCI)を採用しました。これは、OCIが持つ大規模なGPU供給能力と、後述する超高性能ネットワークが、フロンティアモデル開発という世界で最も過酷なワークロードに不可欠だと判断されたことを意味します。

また、AIチップ市場を独占する NVIDIA との関係は、単なる部品のサプライヤーと顧客の関係を遥かに超えています。両社はNVIDIAのソフトウェアがOCI上で最適に動作するよう共同で設計・最適化を行っており、AIインフラの未来を共に創造する戦略的パートナーとなっています。

AIの進化を牽引する2社から選ばれたという事実は、オラクルがAIインフラの分野で技術的な優位性を確立したことの強力な裏付けと言えるでしょう。

2. 逆張りから始まったオラクルのクラウド戦略の全貌

今日の成功に至るまで、オラクルのクラウド戦略は決して平坦な道のりではありませんでした。むしろ、業界の常識に逆らう「逆張り」から始まったと言えます。

2-1. クラウドへの懐疑論から「Gen 2 Cloud」への大胆な転換

2000年代後半、AWSがクラウド市場を切り拓いていた頃、オラクルの共同創業者ラリー・エリソン氏はクラウドを「実体のない流行語だ」と一蹴していました。オンプレミスのデータベース事業で盤石の地位を築いていた同社にとって、クラウドは自社のビジネスを脅かす存在に見えていたのです。

結果として市場への本格参入で大きく後れを取ったオラクルですが、単に先行者を模倣する道を選びませんでした。先行する第1世代(Gen 1)のクラウドが抱えるアーキテクチャ上の課題を分析し、それらを根本から解決する、全く新しいクラウドをゼロから設計する決断を下します。これが、現在のOracle Cloud Infrastructure (OCI)の原型である「 Gen 2 Cloud 」の誕生です。

2-2. 後発者の利点を最大化した技術アーキテクチャという競争優位性

オラクルの「遅れた参入」は、結果的に最大の強みとなりました。先行するクラウドの課題を徹底的に研究し、レガシーな技術に縛られることなく、エンタープライズやAIのような最も要求の厳しいワークロードに最適化されたアーキテクチャを構築できたからです。その競争優位性の源泉が、「ベアメタル」と「RDMAネットワーク」です。

2-2-1. パフォーマンスとコスト効率を両立する「ベアメタル」

OCIが提供する ベアメタルインスタンス は、仮想化レイヤーを介さず、物理サーバーの性能を100%引き出せるサービスです。仮想化による性能のロスがないため、特に大量の計算処理を必要とするAIのトレーニングにおいて、最高のパフォーマンスを発揮します。 この結果 、処理時間を短縮し、結果的にコスト効率の向上にも繋がります。

2-2-2. AIのボトルネックを解消するRDMAネットワークの役割

AIモデルのトレーニングでは、数千、数万ものGPUを連携させて一つの巨大なコンピューターのように動作させる必要があります。このGPU間のデータ通信速度が、全体の処理時間を左右する最大のボトルネックでした。

OCIは、この課題を解決するためにRDMA(Remote Direct Memory Access)という技術を採用しています。これは、OSを介さずにサーバー間で直接データをやり取りすることで、通信の遅延をマイクロ秒(100万分の1秒)レベルまで劇的に短縮する技術です。この超低遅延ネットワークこそが、OpenAIのような企業がOCIを選ぶ決定的な理由の一つとなっています。

3. 経営課題を解決するオラクルの差別化戦略

優れた技術に加え、オラクルの成功を支えているのが、大企業の現実的な課題に寄り添ったユニークな市場戦略です。それは「顧客を自社クラウドに囲い込む」のではなく、「顧客がいる場所へ出向く」というアプローチに象徴されます。

3-1. 既存IT資産を活かす「マルチクラウド」という現実解

多くの企業は、すでにAWSやAzureといった他のクラウドに多額の投資を行っています。この現実に対し、オラクルは正面から戦うのではなく、共存する道を選びました。

3-1-1. 競合データセンターでデータベースを提供する戦略的意図

「 Oracle Database@Azure 」や「 Oracle Database@AWS 」といったサービスは、オラクルの代名詞であるデータベースを、競合のデータセンター内で直接稼働させる画期的なものです。

この仕組みによって 、企業は使い慣れたAWSやAzureのサービスを継続利用しながら、Oracle Databaseの最高の性能を享受できます。アプリケーションとデータベースが異なるクラウドにあることで生じる通信遅延や、高額なデータ転送料金といった課題を解決できるのです。

3-1-2. ベンダーロックインを回避し、最適なIT投資を実現する方法

このマルチクラウド戦略は、「最高のデータベースを使いたいが、既存のクラウド投資も無駄にしたくない」という多くの企業が抱えるジレンマへの完璧な解答です。特定のクラウドベンダーに縛られる「ベンダーロックイン」のリスクを回避し、それぞれの分野で最高のサービスを組み合わせて利用することを可能にします。これは、IT投資のROI(投資対効果)を最大化する上で、極めて現実的かつ賢明なアプローチと言えるでしょう。

3-2. データ主権とセキュリティを確保する「ソブリンAI」

もう一つの重要な戦略が、 ソブリンAI への対応です。

3-2-1. グローバルビジネスで高まるデータ規制リスクへの対応

ソブリンAIとは、政府や特定業界が、自国の法律や規制に基づき、データやAIモデル、インフラを自らの管理下に置きたいという要求のことです。特にグローバルにビジネスを展開する企業にとって、各国のデータ保護規制への対応は重要な経営課題です。

汎用的なパブリッククラウドでは対応が難しいこの要求に対し、オラクルは顧客のデータセンター内にOCIの全機能を提供する「OCI Dedicated Region」など、多彩な分散クラウドソリューションを用意しています。これにより、最も厳しいデータ主権の要件にも応えることが可能です。

3-2-2. 政府や金融機関にも選ばれる理由

この柔軟なアプローチにより、オラクルは一般的なクラウドが参入しにくい政府、金融、医療といった、高度なセキュリティとコンプライアンスが求められる市場で強みを発揮しています。データを国外に持ち出すことなく、国内で安全にAIを活用したいというニーズに応えることで、高付加価値な市場を着実に開拓しているのです。

4. 巨額の設備投資と将来予測から学ぶべきこと

オラクルの目覚ましい成長は、その裏側にある巨額の投資と切り離せません。今回の決算は、AIインフラの覇権を握るためのコストと、それを上回る将来への確信を同時に示しています。

4-1. 350億ドルの設備投資を支える受注残という裏付け

オラクルは、2026年度の年間設備投資額が約 350億ドル に達するとの見通しを示しました。これは世界中のデータセンターを増設し、最新のNVIDIA製GPUを大量に導入するための費用です。

通常であれば財務を圧迫しかねない巨額投資ですが、これを支えているのが冒頭で述べた 4550億ドルのRPO です。サフラ・キャッツCEOが「(今後5カ年の)収益のほとんどは、すでに報告済みのRPOに計上されています」と語るように、オラクルは投機的にインフラを構築しているのではなく、 すでに販売済みの契約を履行するために投資を行っている のです。 この点が 、投資リスクを大幅に軽減し、計画の信頼性を飛躍的に高めています。

4-2. 自社のAI・クラウド戦略に活かすべき3つの視点

オラクルの事例から、日本のビジネスオーナーが自社のAI・クラウド戦略を考える上で活かすべき視点は、以下の3つに集約できます。

  • 「後発」を「好機」と捉える戦略的思考 :市場への参入が遅れたとしても、先行者の課題を徹底的に分析し、次世代のニーズに最適化することで、競争優位性を築くことは可能です。自社の置かれた状況を冷静に分析し、弱みを強みに転換する視点が求められます。
  • 顧客の「変えられない現実」に寄り添う :顧客が抱える既存のIT資産や、法規制といった「変えられない現実」を無視して自社の論理を押し付けるのではなく、その現実を受け入れた上で最適なソリューションを提供する姿勢が、長期的な信頼関係を築きます。
  • 裏付けのある未来への投資判断 :AIのような新しい技術への投資は、時に投機的に見えがちです。しかしオラクルのように、確かな需要(受注残)を基に、インフラへの先行投資を行うことで、リスクを管理しながら大胆な成長戦略を描くことが可能です。

5. まとめ:AI時代の覇権を握るためのIT投資戦略

オラクルの2026年度第1四半期決算は、クラウド市場への遅れた参入という逆境を、技術的優位性と現実的な市場戦略によって覆し、AIインフラという最も重要な領域で覇権を握ろうとする企業の姿を浮き彫りにしました。

  • 後発者の利点の最大化 :レガシーな技術に縛られず、AI時代に最適化された「Gen 2 Cloud」を構築。
  • 技術的差別化 :RDMAネットワークのような他社にはない技術で、AIの性能ボトルネックを解消。
  • 市場からの信任 :OpenAIやNVIDIAといったトップ企業の採用により、技術的優位性を証明。
  • 現実的な市場戦略 :マルチクラウドやソブリンAIで、大企業や政府の現実的な課題を解決。
  • 未来への確信 :4550億ドルという受注残を背景に、巨額のインフラ投資を正当化。

オラクルの躍進は、AI時代の競争が、もはやアプリケーションやサービス層だけでなく、それらを支えるインフラ層でこそ熾烈になっていることを示しています。同社は、AI産業に不可欠な計算能力を供給する「 電力会社 」のような存在へと進化しつつあるのです。

この事例は、すべての企業経営者に対し、自社のITインフラ戦略が、もはや単なるコストではなく、未来の事業成長を左右する最重要の経営判断であることを強く示唆しています。

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