ビッグテック最前線.com / 編集部

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生成AIの登場以降、多くの企業がPoC(概念実証)を繰り返してきましたが、ついにそのフェーズが変わりつつあります。

2025年第3四半期、アルファベット社(Alphabet Inc.)は市場の予想を上回る決算を発表しました。特に注目すべきは、Google Cloud部門の目覚ましい躍進です。同部門の売上高は前年同期比34%増の152億ドル(約2.3兆円)に達し、営業利益率は23.7%へと飛躍的に向上しました(出典: https://gemini.google.com/app/e57f1d00d42133d6 )。

この数字は単なる好業績を示すだけでなく、AIが「実験」から「本番稼働」へ、そして企業活動の「実需」として定着し始めたことを示唆しています。本記事では、この急成長の背景にあるGoogleの「フルスタックAI」戦略を深掘りし、AWSやAzureとの競争環境の変化、そして今後のマーケティングDXやデータ分析基盤の選定に与える影響について解説します。

1. Google Cloud 2025年Q3決算が示すAI市場の現在地

Google Cloudは今、設立以来の大きな転換点を迎えています。かつてはAWSとAzureの後塵を拝する「3番手」という印象が強かったものの、収益性と成長率を両立させる強力な収益の柱(プロフィットセンター)へと変貌を遂げました。

1-1. 売上高152億ドル・成長率34%が意味する「実需」の到来

2025年第3四半期におけるGoogle Cloudの売上高は152億ドルを記録し、前年同期の113.5億ドルから34%の成長を達成しました。クラウド市場全体が成熟期に入りつつある中で、この再加速は驚異的と言えます。

この成長を牽引しているのは、従来のITインフラ移行需要に加え、AIネイティブなワークロードという新たな収益層です。CFOのアナット・アシュケナジ氏が言及しているように、GCP(Google Cloud Platform)の成長率はクラウド部門全体のそれを大きく上回っており、AIインフラおよび生成AIソリューションへの需要が成長エンジンとなっていることが明確です。

これは、企業におけるAI活用が、試験的な導入から大規模な計算リソース(コンピュート)の消費を伴う本番運用へと移行したことの証左です。マーケティング分野においても、AIによるパーソナライゼーションやコンテンツ生成が、もはや実験ではなく必須の業務プロセスとして組み込まれ始めていることを示しています。

1-2. 営業利益率23.7%への改善とSaaS基盤としての安定性

売上成長以上にインパクトを与えたのが、収益性の劇的な改善です。営業利益は前年同期比85%増の36億ドル、営業利益率は17.1%から23.7%へと大幅に拡大しました。

この背景には、以下の要因が挙げられます。

  • AIインフラの高い価格決定力 : 供給不足が続くAIアクセラレータ(TPU/GPU)において、高収益を維持できるため。
  • オペレーションの効率化 : 売上規模拡大に伴う固定費比率の低下により、利益が出やすい体質へ変化したため。

マーケターにとって、利用するクラウド基盤の財務的安定性は重要です。Google Cloudが高い収益性を確保したことは、継続的なサービス改善や新機能開発への投資が約束されたことを意味し、長期的なパートナーとしての信頼性が高まったと言えます。

2. マーケターが注目すべき「フルスタックAI」の優位性

Google Cloudの最大の強みは、インフラからアプリケーションまでを自社で完結できる「フルスタック」のアプローチにあります。これが、マーケティング施策の実行スピードやコスト効率にどう影響するのでしょうか。

2-1. GeminiモデルとVertex AIの連携が生むデータ活用シナジー

Googleは、マルチモーダルモデル「Gemini」と、それを活用するためのプラットフォーム「Vertex AI」を提供しています。

  • Gemini 3 : 最新モデルは、推論能力や視覚解釈能力において競合を凌駕する性能を持っています。これにより、画像や動画を含むリッチなマーケティングコンテンツの解析や生成がより高精度に行えるようになります。
  • Vertex AI : 企業の70%以上が利用するこのプラットフォームは、自社データを安全にAIモデルに統合(グラウンディング)するための基盤です。

顧客データや過去のキャンペーン実績などの社内データをGeminiに安全に読み込ませ、自社独自のマーケティングAIを構築できる点は、Vertex AIの大きなメリットです。

2-2. 独自チップTPUによる処理速度向上とコストパフォーマンス

Googleは10年以上にわたり、AI専用プロセッサ「TPU(Tensor Processing Unit)」を独自開発してきました。現在は第6世代「Trillium」や推論特化の「Ironwood」を展開しています。

自社製チップを持つことのメリットは、コスト構造に表れます。NVIDIA製GPUに依存する他社と異なり、Googleは中間マージンを排除できるため、AIサービスをより低いコストで提供可能です。また、Trillium TPUは前世代比で4.7倍の計算性能と2倍のエネルギー効率を実現しており、大量のデータを処理する際のレイテンシ(応答遅延)を最小限に抑えられます。これは、リアルタイムでの顧客対応や動的なコンテンツ生成が求められるマーケティング施策において、大きな武器となります。

3. 3大クラウド(AWS・Azure・Google)の勢力図変化

クラウド市場の競争環境も変化しています。Google Cloudの猛追により、AWS、Azure、Googleの3大プラットフォーマーの勢力図はどう変わったのでしょうか。

3-1. 成長率でAWSを凌駕したGoogleの再加速要因

2025年第3四半期の成長率を見ると、Google Cloud(34%)は市場リーダーであるAWS(20%)を大きく上回りました。AWSは依然として圧倒的なシェアを持っていますが、成長率の鈍化が見られます。一方、GoogleはAI特需を的確に捉え、再加速に成功しました。

この要因の一つに、AIによる差別化があります。AWSが「選択肢の提供(他社モデルの利用など)」を重視する一方、Googleは「自社モデル×自社チップ」の垂直統合による最適化を推し進めています。この戦略の違いが、現時点でのAI需要の取り込みにおいてGoogleに優位性をもたらしていると考えられます。

3-2. マルチクラウド環境におけるGoogle Cloudの独自価値

企業の多くは特定のベンダーに依存しない「マルチクラウド戦略」を採用しています。メインのインフラとしてAWSやAzureを利用している企業であっても、AIワークロードについてはGoogle Cloud(Vertex AIやBigQuery)を選択するケースが増えています。

これは、Google Cloudが「AIのためのクラウド」としての独自のポジションを確立したことを意味します。マーケターにとっても、既存のシステム基盤に関わらず、AI活用やデータ分析の領域でGoogle Cloudを「部品」として組み込むことが、現実的かつ効果的な選択肢となっています。

4. デジタルマーケティングにおけるAI活用の次なる潮流

Google Cloudの決算データからは、今後のAI活用のトレンドも読み取れます。

4-1. 10億ドル規模の大口契約増加とエンタープライズ導入の加速

バックログ(受注残)は前年同期比82%増の1,550億ドルに達しました。特に注目すべきは、10億ドル超の大口契約が、2025年の最初の9ヶ月間だけで過去2年分の合計を上回るペースで締結されているという事実です。

これは、大企業がAIをミッションクリティカルな業務に本格導入し始めたことを示しています。マーケティング領域においても、一部の先進的な企業だけでなく、一般的な大企業が大規模な予算を投じてAIによる変革(DX)を進めるフェーズに入ったと考えられます。

4-2. 「学習」から「推論」へシフトするAIフェーズとエージェント活用

現在のAIブームはモデルの「トレーニング(学習)」需要が主導していますが、今後は開発されたモデルを利用する「推論」需要が爆発的に増加すると予想されます。

Googleが展開する職場向けAIエージェント「Gemini Enterprise」は、すでに700社で200万人の購読者を獲得しています。これは、AIが「開発するもの」から「日常業務のパートナー(エージェント)」として利用される段階へ移行していることを示しています。マーケターは今後、AIエージェントといかに協働し、生産性を高めていくかが問われることになるでしょう。

5. まとめ

Google Cloudの2025年Q3決算は、AIがビジネスの現場に深く浸透し始めたことを明確に示しました。売上高34%増、営業利益率23.7%という数字は、Googleの「フルスタックAI」戦略が市場に受け入れられた結果です。

特にマーケターにとっては、以下の点が重要な示唆となります。

  • AI活用の本格化 : 実験フェーズは終わり、実業務への適用が進んでいる。
  • フルスタックの恩恵 : 独自チップとモデルの統合により、高速かつコスト効率の良いAI活用が可能になる。
  • マルチクラウドの選択肢 : 既存インフラに縛られず、AI領域でGoogle Cloudを活用する動きが加速している。

生成AIによる「生産性向上の恩恵」をいかに享受し、競争力を高めていくか。Google Cloudの進化は、そのための強力な手段を提供してくれています。

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