ビッグテック最前線.com / 編集部

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AIが賢くなれば、企業向けの業務ソフトはやがて不要になる。2026年の初め、米国株式市場ではこうした見方が急速に広がり、わずか1週間でソフトウェア関連株から約1兆ドル(約150兆円)もの時価総額が失われました。ところが8月末、この流れは一気に反転します。顧客管理ソフト最大手のSalesforce(セールスフォース)が市場予想を上回る決算を発表し、株価は1か月で34%上昇。Benioff CEOはテレビ番組で、ソフトウェアの終わりという見方を明確に否定しました(出典: https://www.cnbc.com/2026/08/26/salesforce-ceo-marc-benioff-saaspocalypse-nonsense.html)。

いったい、何が起きたのでしょうか。そしてこの逆転劇は、AIと向き合う日本のビジネスパーソンにとって何を意味するのでしょうか。本記事では、決算の数字と経営陣の発言をもとに、米国で話題になっているソフトウェア株の大逆転の中身を読み解きます。

8月末に起きたソフトウェア株の大逆転

2026年8月26日、顧客管理ソフト最大手のSalesforceが2027年度第2四半期の決算を発表しました。株価は時間外取引で12%超上昇し、翌27日はSalesforce株として上場来2番目の上げ幅を記録します。市場調査会社Zacksによると、決算後の上昇率は26%、直近1か月では34%に達しました。

Benioff CEOはCNBCの経済番組で、SaaSの死という見方について「まったくのナンセンスだ」と言い切りました。同じ日には、AI企業Anthropic(アンソロピック)との提携拡大であるClaudeforceも発表しています。さらに9月3日には、データ基盤を手がけるSnowflake(スノーフレーク)の株価も17%上昇し、米国ではソフトウェア株の大逆転として大きな注目を集めています。

この逆転がもつ意味は、今年の初めに何が起きていたかを振り返ると見えてきます。

前段にあった今年初めのSaaSの死

1週間で約150兆円が消えた

SaaS(サース)とは、インターネット経由で、月額料金や利用人数に応じた料金を払って使う業務ソフトのことです。米メディアBusiness Insiderによると、売りの始まりは今年1月下旬、AnthropicがAIアシスタントClaudeの業務代行機能Claude Cowork向けのプラグインを発表したことだったとされます。この局面でソフトウェア業界からは1週間で約1兆ドル(約150兆円)の価値が消え、のちにSaaSの死(SaaSpocalypse)と呼ばれるようになりました。

投資家が恐れた2つのシナリオ

CNBCによると、投資家が恐れたのは大きく2点でした。1つは、AIが賢くなれば企業は従来のソフト契約を減らしても同じ仕事ができるようになり、利用人数(席)ごとに課金する業界のビジネスモデルが揺らぐこと。もう1つは、企業がお金を払って使っているソフトそのものを、AIで手軽に自作できるようになることです。

実際、Salesforceの株価は2025年に20%下がり、2026年も8月26日の決算前までに約22%下落していました。同じ期間に米ナスダック市場は2024年末比で約35%上昇しており、ソフトウェア株だけが取り残されていた形です。

大逆転の中身①:業績は崩れていなかった

売上・契約残高・見通し

8月の決算で、売上は113.5億ドル(約1兆7,025億円、前年同期比+10.8%)でした。継続課金の中心であるサブスクリプション&サポートは108.2億ドル(約1兆6,230億円、+11.7%)、今後12か月で売上に計上される契約残高(cRPO)は335億ドル(約5兆250億円、+14%)に達しています。通期の売上見通しは461億〜464億ドル(約6兆9,150億〜6兆9,600億円)へと引き上げられ、買収したデータ管理企業Informaticaが4.56億ドル(約684億円)の売上を上乗せしました。

経営陣は、解約率が過去最低水準に近く、契約期間も新規・更新ともに長くなっていると説明しています。株価が売られていた間も、顧客は離れていなかったわけです。なお、確認できた報道にはセグメント別の詳しい内訳は示されていません。

AIエージェント事業の急成長

AIが自律的に業務をこなすAIエージェント製品Agentforceの年間継続収益(ARR)は、15億ドル超(約2,250億円、+240%)に拡大しました。顧客データ基盤Data 360と合わせると約39億ドル(約5,850億円、+210%)です。AIエージェントが完了させた仕事の量を示す独自指標Agentic Work Unitsは32億件に達し、前の四半期から97%増えました。売られていた理由とは裏腹に、AI関連の事業はむしろ急成長していたことになります。

株価はまだ道半ば

ただし、株価は完全には戻っていません。仮に2025年初めに100万円分を保有していた場合、決算前は約62万円、決算後でも約79万円という計算になり、2年分の下落をすべて取り戻すには至っていません。株価収益率(PER。株価が1株当たり利益の何倍かを示す指標)の予想値は16.30倍で、同業種の平均28.14倍を下回っています。株価を大きく押し下げていたのは業績の悪化ではなく、AIに取って代わられるのではないかという投資家の不安だったことが、数字から読み取れます。

大逆転の中身②:脅威と見なされたAI企業と組んだClaudeforce

仕事の入口はAIの中へ

Claudeforceは、営業担当者がAnthropicのAIであるClaudeの画面からSalesforceの顧客データを直接使い、メールの作成やデータの更新まで行える仕組みで、37の営業向けスキルをそなえたプラグインとして始まります。CNBCによると、Salesforceが自社ブランドの接尾辞であるforceを他社製品の名前に付けたのは、これが初めてです。

公式発表は、何十年ものあいだ業務ソフトは人が画面を手で操作して使うものだったと述べ、仕事の入口が自社の画面からAIの中へ移っていくことを、自ら認めています。提携相手のAnthropicは年換算の売上ペースが650億ドル(約9兆7,500億円)と前年の約7倍に伸びており、指標は異なるものの、Salesforceの通期売上見通しを上回る規模です。

主導権を保つ鍵は顧客データ

それでもBenioff CEOは、最先端のAIモデルはCRM(顧客管理ソフト)に依存しており、これを置き換えるわけではないと強調します。そして、Salesforceは何よりもまずデータの会社だと述べました。実際、上位AI企業10社のうち9社がSalesforceとSlackを使っており、その支出は前年比+435%に増えています。

Anthropic側も顧客データを守る権限管理に力を入れており、Salesforceはこのアンソロピックへの出資によって26億ドル超(約3,900億円)の投資利益を計上しました。仕事の入口はAIに譲っても、顧客データと権限、そして出資という保険は自社に残す。これがSalesforceの取った構えです。AnthropicのAmodei CEOも、誰かを壊すことに興味はなく、互いに得をする関係だと考えていると話しています。

Snowflakeが示した同じ理屈

9月2日に決算を発表したSnowflakeも、同じ理屈で評価されました。製品売上は14.9億ドル(約2,235億円、+37%)で、伸び率は3四半期連続で加速しています。Ramaswamy CEOは、最近の成長加速の約半分はAIによるものだと説明し、少なくとも34社の証券会社が目標株価を引き上げました。米メディアTheStreetは、企業がAIを活用するほど、企業データを握る会社の価値が高まりうると分析しています。ただしMicrosoftやDatabricksとの競争は激しく、これが持続的な売上成長につながるかは、これから見極める段階です。

大逆転の中身③:減ったのは会社ではなく人の席

成長の物差しが変わる

会社は生き残りました。しかし、働く人の側では変化が進んでいます。ここでいう席とは、ソフトを1人が使うごとに料金が発生する利用契約のことです。米誌Fortuneによると、Benioff CEOは2025年、AIエージェントの導入によってサポート要員を9,000人から約5,000人へ減らしたと語りました。一方、2026年8月の決算説明会では、顧客企業の席は減るはずだったが実際には増えた、とも述べています。

顧客の席は増え、自社の人の席は減った。この2つの事実が並んでいます。AIがこなした仕事の量を成長指標に掲げていること自体も、評価の物差しが人の数から仕事の量へと移り始めていることを示しています。

残るのは文脈を持つ人

Zacksは、AIモデルが役に立つには、信頼できる業務データと文脈が欠かせないと指摘しています。実際にSalesforceは、サポート部門から数百人を専門サービスや営業、カスタマーサクセスへ再配置しました。顧客や業務の文脈を深く知る人は、AIに仕事を任せる側へ回れる余地があるということです。

日本の職場に置き換えて考えると、画面の操作や入力に費やす時間の長さではなく、顧客や現場について何を知っているかが評価の軸になっていく。番組はそう見立てています。あなたの仕事のうち、AIに任せられる作業と、あなたにしか持てない文脈は、それぞれどれくらいあるでしょうか。

いま言えることと、今後見ておきたい指標

報道の数字から確実に言えるのは、AIは少なくともSalesforceとSnowflakeを滅ぼしてはおらず、むしろAI事業が売上を伸ばす原動力になっているということです。番組の読みとしては、これから減っていくのは業務ソフトの会社そのものよりも、画面を操作するだけの席のほうだと考えられます。

ただし、今後の見通しは条件つきです。AIがこなす仕事の量がこのペースで伸び、料金体系が利用人数から利用量へと移っていけば、人の数で支払う契約は細っていく可能性があります。注目しておきたい指標は、SalesforceのAgentic Work Unitsの推移、解約率、AI事業の年間継続収益、そしてSnowflakeの製品売上の伸び率です。高金利や大型商談の長期化といったリスクも残っており、株価の先行きを断定できる段階ではないのが実情です。

まとめ

今回の一連の出来事から見えてくるのは、次の3点です。第一に、SaaSの死という悲観論は、少なくとも決算の数字の上では現実になっていません。SalesforceもSnowflakeも売上を伸ばし、AIはむしろ成長の追い風になっていました。第二に、勝ち残る企業の形が変わりつつあります。仕事の入口をAIに明け渡してでも、顧客データと業務の文脈を握り続けることが、生き残りの鍵になっています。第三に、変化の影響は会社よりも働き方に強く表れています。減っていくのは企業そのものではなく、画面を操作するだけの席であり、評価の軸は作業量から、その人が持つ知識や文脈へと移りつつあります。

この構図は、米国のソフトウェア業界だけの話ではありません。AIをどの業務に任せ、自分たちにしか持てないデータや文脈をどこに築くか。日本のビジネスパーソンにとっても、自分の仕事と組織に引き寄せて考えるべき問いだといえるでしょう。

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