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この記事の目次

「広告モデルか、サブスクリプションモデルか」多くのデジタルプラットフォームがこの二者択一、あるいはバランスに苦慮する中、両方の領域で圧倒的な成果を叩き出した巨人がいます。

Google(Alphabet)が発表した2025年第3四半期決算は、YouTubeが広告とサブスクリプションという二つの巨大エンジンを完全に掌握したことを世界に知らしめました。(出典: https://seekingalpha.com/article/4835072-alphabet-inc-googl-q3-2025-earnings-call-transcript )

広告収入は四半期だけで103億ドル(約1.6兆円)、有料会員は3億人を突破。なぜYouTubeだけが、この「二重収益モデル」を成功させることができたのか?本記事では、その戦略の裏側を徹底解剖します。

1. 序論:3億人突破が示す、YouTube「ハイブリッド・スーパープラットフォーム」の完成

1-1. Google決算発表の2つの重要指標:広告103億ドルとサブスク3億人

「YouTubeはもはや、単なる動画共有サイトではない」。今回の決算内容は、多くのマーケターにこの事実を強く印象付けました。

発表された数値は驚異的です。YouTubeの四半期広告収入は前年同期比15%増の103億ドルに達し、サブスクリプション会員数(YouTube PremiumとGoogle Oneの合計)はついに3億人を突破しました。

動画プラットフォーム市場を見渡すと、TikTokなどの「広告モデル」か、Netflixなどの「サブスクリプションモデル」のいずれかに軸足を置くのが一般的です。しかし、今回の決算が示したのは、YouTubeがこの二つの巨大な収益エンジンを同時に、かつ高いレベルで成功させているという事実です。

1-2. 本記事の主題:マーケターが注目すべき「二重収益モデル」の内部構造

本稿では、単なるニュースの解説にとどまらず、この強固な「二重収益モデル」がどのように構築され、機能しているのかをマーケティング視点で解剖します。

特に注目すべきは、決算報告で語られた「サブスクライバーは広告ユーザーよりも有意に高い粗利益を生み出している」という事実と、長年の課題であったショート動画(Shorts)の収益化が見事に達成されたメカニズムです。

「広告」と「サブスク」が互いに作用し合い、プラットフォーム全体の価値を高めるフライホイール(弾み車)効果の実態を明らかにします。

2. 第一の柱(サブスク):なぜ「サブスク会員は広告ユーザーより高粗利」なのか?

2-1. ARPUからLTVへ:高粗利の鍵を握る「顧客生涯価値」の視点

YouTubeのチーフビジネスオフィサー、フィリップ・シンドラー氏は決算説明会で、サブスクリプション会員が広告視聴ユーザーよりも高い価値(粗利益)をもたらしていると明言しました。

一般的に広告収益は、景気動向や季節要因により変動しやすい性質を持ちます。一方、サブスクリプションビジネスの強みは、安定的な継続課金にあります。ここで重要になるのが、単月の売上であるARPU(1ユーザーあたりの平均売上)ではなく、LTV(顧客生涯価値)という視点です。

LTVとは、一人の顧客が取引を開始してから終了するまでの間に企業にもたらす利益の総額を指します。YouTube Premium会員が高い粗利益を生む理由は、解約率(チャーンレート)が極めて低く、長期間にわたって収益をもたらし続ける構造が確立されている点にあります。

2-2. 価値提案の再定義:コンテンツ競争から「UX最適化(広告フリー)」への転換

では、なぜYouTube Premiumは低い解約率を維持できるのでしょうか。競合であるNetflixやDisney+が、巨額の制作費をかけた「独占コンテンツ」でユーザーを惹きつけようとするのに対し、YouTubeの戦略は異なります。

YouTube Premiumの中核的な価値は、体験(UX)の最適化にあります。具体的には、「広告なし再生」「オフライン再生」「バックグラウンド再生」の3点です。これらは特定のコンテンツに依存しない、普遍的な利便性です。

YouTubeは、無料版で自らが生み出している最大の「摩擦(広告による視聴中断)」を、有料版で解消するという極めて合理的なアップセル(上位プランへの移行)戦略をとっています。ユーザーは「見たい番組が終わったから解約する」といったコンテンツ起因の離脱が起こりにくく、結果として高いLTVが実現されています。

2-3. 高LTV顧客の戦略的獲得:NFLサンデーチケットとGoogle Oneバンドル戦略

さらにGoogleは、この高LTV顧客層を拡大するために、強力なバンドル(セット販売)戦略を展開しています。その象徴が「NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)」の放映権獲得です。

米国で絶大な人気を誇るNFLコンテンツは、支払い能力の高い優良顧客を引き寄せる強力なフックとなります。YouTubeはNFLサンデーチケットの購入者に対し、YouTube Premiumや、AI機能を強化したクラウドストレージサービス「Google One AI Pro」の無料トライアルを提供しています。

これにより、「スポーツ観戦」を目的に訪れた層を、Googleのエコシステム全体(動画、AI、ストレージ)に取り込み、長期的なロイヤルカスタマーへと育成しているのです。

3. 第二の柱(広告):収益のフロンティア「Shorts」と「CTV」の完全攻略

3-1. Shorts収益化のジレンマ克服:「1視聴時間あたり」でインストリーム広告を超える理由

サブスクリプションと並ぶもう一つの柱、広告事業においても大きなブレイクスルーがありました。米国において、ショート動画「Shorts」の収益性が、従来の長尺動画(インストリーム広告)を上回ったのです(1視聴時間あたり)。

これまで短尺動画は、再生時間が短いために広告を挟む余地が少なく、収益化が難しいとされてきました。しかし、YouTubeはこの定説を覆しました。

勝因の一つは、広告密度の高さです。長尺動画では数分に1回しか広告機会がありませんが、次々と動画をスワイプするShortsの視聴体験では、ユーザーは短時間で複数のフィード広告に接触することになります。

3-2. メカニズム解剖:「クリエイタープール」モデルが音楽ライセンス問題を解決した方法

Shortsの成功を支えるもう一つの要因は、独自の収益分配システム「クリエイタープール」モデルです。

従来の動画広告は、個別の動画ごとに収益を計算していましたが、Shortsでは以下の仕組みを採用しています。

  1. Shortsフィード全体の広告収益を一つの「プール」に集約する。
  2. そこから音楽ライセンス料を先に一括で差し引く
  3. 残りをクリエイターの総再生回数シェアに応じて分配する。

この仕組みの革新性は、著作権処理の簡素化にあります。クリエイターは権利侵害を恐れずにポピュラー音楽を使用でき、結果として魅力的なコンテンツ(=広告在庫)が爆発的に増加しました。低い単価でも、圧倒的な在庫量と回転率で、プラットフォーム全体の収益を最大化させたのです。

3-3. CTV(リビングルーム)市場の制圧:ニールセン#1とDSP(DV360)の覇権争い

モバイル中心のShortsに加え、YouTubeは「リビングルーム」のテレビ画面(コネクテッドTV:CTV)でも圧倒的な地位を築いています。ニールセンの調査によると、YouTubeは米国のストリーミング視聴時間で2年以上トップを独走しています。

これは、YouTubeがPCやスマホの「セカンドスクリーン」から、家庭の中心にある「ファーストスクリーン」へと進化したことを意味します。

Googleはこの視聴データを活用し、広告配信プラットフォーム(DSP)である「Display & Video 360 (DV360)」の機能を強化。「世帯単位」でのターゲティングや効果測定を可能にし、The Trade Deskなどの競合DSPに対して優位性を発揮しています。

3-4. 10億ドル市場の誕生:インタラクティブ広告が実現するテレビの「フルファネル」化

特筆すべきは、CTVにおける「インタラクティブな直接応答広告」の収益が年間10億ドル(約1,500億円)を超えたというニュースです。

従来、テレビ広告は「認知獲得」が主な役割でした。しかしYouTubeのCTV広告では、視聴者がリモコンを使って「購入ボタン」を押したり、詳細情報を送信したりといったアクションが可能です。

これにより、テレビという大画面が、単なる認知メディアから、購買や獲得まで直結するフルファネルメディアへと変貌を遂げました。マーケターにとって、テレビ広告の投資対効果(ROI)を可視化できる点は極めて大きなメリットです。

4. 分析:「フライホイール効果」はいかにして両モデルを加速させるか

4-1. 経路1:広告(Shorts)がサブスク(Premium)のリードを生むメカニズム

ここまでの分析で、YouTubeの強さは「広告」と「サブスク」が個別に存在しているのではなく、互いに連携している点にあることが分かります。

Shortsの強力な拡散力は、新規ユーザーをYouTubeのエコシステムに引き込む「入り口」として機能します。Shortsで興味を持ったユーザーは、より深い情報を求めて長尺動画へと移動します。そこでインストリーム広告による「中断」というストレス(摩擦)に直面し、その解決策としてYouTube Premiumへと誘導されるのです。

つまり、広告モデル(Shorts)が、サブスクリプションモデル(Premium)の見込み客を自動的に生成する流れができています。

4-2. 経路2:サブスク(Premium)が広告(プラットフォーム価値)を強化するメカニズム

逆の経路も機能しています。Premium会員からの安定した高収益は、景気に左右されない強固な財務基盤を作ります。この資金があるからこそ、NFLのような超大型コンテンツへの投資が可能になります。

キラーコンテンツの獲得は、有料会員だけでなく無料ユーザーも含めたプラットフォーム全体の視聴時間を底上げします。視聴時間の増加は広告在庫の増加に直結し、結果として広告収益も拡大します。

この「収益の安定化」と「戦略的投資」のサイクルこそが、競合他社が容易に模倣できないYouTube独自のフライホイールです。

5. 結論:マーケターがYouTubeの「二重収益モデル」から学ぶべき次世代戦略

5-1. 「摩擦」を設計し、「解決策」を売るアップセル戦略

YouTubeの事例は、フリーミアムモデルにおける「摩擦」の設計がいかに重要かを示しています。無料ユーザーに対してあえて「広告」という摩擦を残し、その解決策として有料プランを提示する。この設計が、スムーズなアップセルと高いLTVを実現しています。

自社のサービスにおいても、無料版と有料版の境界線を「機能の制限」だけでなく、「体験の快適さ」に置くことで、新たな収益機会が見つかるかもしれません。

5-2. プラットフォームの「フルファネル」化が広告出稿戦略に与える影響

また、広告主としての視点では、YouTubeがShorts(認知・発見)からCTV(検討・購買)までをカバーするフルファネルメディアになったことを理解する必要があります。

特にCTVでのインタラクティブ広告は、テレビCMのリーチ力とデジタル広告の獲得力を兼ね備えた強力な武器となります。「認知」と「獲得」を分断して考えるのではなく、一つのプラットフォーム上でシームレスに設計する戦略が、今後のマーケティングにおいて不可欠です。

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